それからそれから
翼よ、あれがNYの灯だ
午前5時、NJのニューアーク空港に着。冬のNYの空はまだ真っ暗。それだけにマンハッタンの夜景がきれいに見える。未明ということもあって灯りそのものはかなり少ない。
入国審査でどきどきしたI-94だが、これも無事D/S (duration of study)つきでもらえた。これで次回からはどきどきしないで済むだろう。到着便が意外に多いのか、午前5時ということを感じさせない入国審査の長い列ではあった。
分かりづらいRailink
出発時はバスで来たので、今度は列車を使ってみることにする。それにはまずターミナル間を走っている新交通システムに乗らなければならない。その乗り場は割と分かりやすいものの、チケットの発券機が分かりづらい。まず行きたい駅を表で調べて、その5ケタの番号を機械に入力しなくてはならない。早朝ということもあってか、私が利用した時は札が使えず、クレジットカードかデビッドカードのみ。液晶のタッチパネルも紛らわしい。
それでも新交通システムは4分に1本の割り合いで走っているので、それほど待たないで済む。しかしアメリカ人でも逆方向に乗る人がいたぐらいだから、列車の駅の方に向かう車両に乗ること。
10分ほどで列車の駅に着く。しかし自動改札機のチケットの挿入方向が決まっており、その方向に入れないと中に入れない。中に入っても、どっちがマンハッタンの方向だかにわかに判別できない。もっといい方法はないのか。
列車に乗ったのが6時過ぎ。それでも列車はほぼ満員。そう、このアムトラックはNJからマンハッタンへ通勤する人の足なのだ。だから大きな荷物を抱えて通勤列車に乗るようなもので、やや肩身が狭い。幸い私はそれほどかさばるものではなかったので、まだまし。この列車にまた30分ほど乗ると、マンハッタンのペンステーション。
そこからは地下鉄もあり、バスもあり。私はそこから地下鉄1本で帰れるので、家に着いたのは7時半ごろ。ちょうど朝日が上るころで、朝焼けがきれいだった。
だから...
この旅行から言えること。
日程はもっと欲しい。リマはいらなかった。その分、クスコにもっといたかった。もう少し余裕があればリトル・ガラパゴスと言われているバジェスタ島にも行きたかった。
マチュピチュは見るべし。できればすぐ近くのサンクチュアリ・ロッジに奮発して泊まりたい。そうすればマチュピチュの夕陽も見られるし早朝一番からマチュピチュに入れる。
プーノでフォルクローレは期待できない。それより先に進んでボリビアに入った方が良さそうだった。
緯度が低いので、太陽は真上から照りつける。気温はそれほど高くなくても紫外線はきつい。帽子があった方がいいし、日焼け止めを使うなら鼻の頭、ほおなど突起部に重点的に塗ること。ま、あえて焼くにまかせた私だが、それで別段後悔もしていないし、「ペルーの思い出」だと開き直っている。
ペルーもやはり南米。日本的「きっちり」は期待しないこと。ただ街はきれいだし、普通に生活できる。もっと雑然とした雰囲気を予想していただけに意外。
周りが心配した治安も、私が接する範囲ではまったく問題がない。通常の旅行者としての注意力があればよし。ただだからといってすべてまったく安全だというつもりはない。あくまで、行きずりの旅行者としては安全どいうこと。ペルーは現在、観光資源に力を入れているから、旅行者の安全には敏感。一方で「君子危うきに近寄らず」ということもある。あえて危険を冒す必要もない。
総じて人は優しくおだやか。ただ英語はあまり通じないので、最小限のスペイン語ができた方が快適なことは確か。少し長く旅行しているとそれも覚えてしまうけど。
食べ物は日本人に合う。食に関しては何の問題もなし。
トイレの紙の処置に注意。
米ドルも通用するが、しかしエクアドルなどのように完全に流通するわけでもない。やはり現地通貨のソルを基本的に使った方が何かと有利。ドルは大きな買い物をする時に使うべし。
日本の3倍の面積があるペルー。飛行機を使ったとしてもかなり移動に時間を食うことは覚悟しておく必要がある。空港はたいがい街はずれにあるのだ。バスは快適だが、さらに時間がかかるのは当然。
結果。
行ってよかった。
<-- 前日に戻る Peruトップ
|