1月4日
Casa particular
朝目が覚めてもまだ風がうなっている。曇り空でヤシが風にぶんぶん振り回されている。完全に海は諦めた。
仕方ないのでホテルの中でいろんなところに顔を出す。オープンバーでコーヒーを頼もうとしたら、後ろから「同じものをあと2つ」と声がした。その声に振り返ると白髪の白人のおじいさんがウインクをした。コーヒーを待つ間、話をする。
「どこから来たんですか」
「カナダだ」
「そうだと思いました。アメリカからは普通には来れませんものね」
「あんなもの、stupid lawだ」
最大の友好国カナダの国民に「stupid」と言われるTrade with enemy actの原形は、アメリカ人がヒーローとあがめ、その家族はアメリカのロイヤルファミリーにもなぞらえられる、JFKが作ったのだ。彼がBay of Pigs事件を起こし、キューバ危機の一方の当事者であることを決して忘れてはいけない。ヒーローでもなんでもない。世界を破滅の縁まで追いやった、とんでもない人物でもある。
そんな考えとはまったく別次元で、「言葉ができるっていい」としみじみ思う。この老人とも何の違和感もなく話している自分。分からないスペイン語に囲まれて、英語を久々に使えた安心感もあっただろう。母国語でもないのに、少し話せるというだけでこれだけの安堵感を覚えてしまう。もしスペイン語が話せたら、もっと快適だっただろう。
このホテルはキューバでない体裁をとっているだけあって、インターネットも使える。10分1ドル。自分が使う分を申告し、その分前払いして、パスワードをもらう。そして接続。日本語は当然読めなかった。いくつか友人から英語でメールが来ていたので返事を出しておく。次はいつネットにアクセスできるか分からない。
Varaderoは1泊だけの予定だったので、またバスでハバナに戻る。予約をしていた安ホテルに向かおうとしたら寄ってきたペペという名の男性。日本によく似た顔の脇役俳優がいる。「Casa particularがある」というので、いつも通り「いらない」と言うと、あっさりと諦めて去ろうとする。その去り際がキューバ人にないあっさり感だったので、逆に興味を覚えてこちらから再度、声をかける。この周辺で安い宿があるからどうか、というものだったので、まだ陽は高いし、ついていって見ることにする。
最初に見た部屋は、ホットシャワーなし窓なしで15ドル。相場からしてかなり安い。正式に認可されたCasaに与えられるマークも見当たらない。「昨日まで日本人が泊まっていたから」とペペはここを勧めるが、こっちは別にここでなくてもいい。別の物件を見せて欲しいと言って、その家を出る。出た直後、ペペが言う。「あそこは無認可だ。でも次に行くところは正式認可で部屋ももっといい」。何が違うのか。「正式認可だと政府に金を払わないといけない。だから比較的richな人たちだ。さっきのところはpoorな人たちだ」。社会主義にrichもpoorもあるのか。それはおかしいではないか。「政府の人が言うことはこれだ」と言って肩をすくめる。「実際にはrichもpoorもある。旅行者からお金を取れるのがrich、旅行者と接触がない人たちはpoor。差は広がっている」
システムのほころびがかなり出ているようだ。階級による差別をなくそうとした思想は、ここでもやはり崩壊の一歩手前にある。金を持った人は部屋に投資できる。すると旅行者もよく泊まるようになる。そして商売として成り立たせることができる。金がない人は、自分が使っている部屋をまさに文字通りそのまま提供するしかない。宿泊料を安くしないとだめだから、とても月決めで政府へ認可料を払うゆとりがない。そしてその差は固定され、拡大再生産される。
次のところはオーナーの息子が英語を話したので、それだけで決める。1泊25ドル。相場だ。オーナーは中国系ということだったが、スペイン語しか話せない。ほかの国の中国系とは違い、キューバの中国系はかなり同化が進んでいるらしい。パスポートの番号をひかえられる。それだけでも正式なものであることの証明になっている。
夕食は以前、見ておいた「Hanoi」で。メニューにあるものを頼んでもないことが多いのがハバナ流だが、ここは一通りあるようだ。魚のフライの定食にビールをつけても3.8ドル。少し油っぽいのもまだ許せる。そこそこおいしい。なるほど、Lonely Planetが太鼓判を押すのも分かる。
Casaを紹介してくれたペペ。ビールでもおごれと言うのかと思ったら、そのまま去っていった。数日後、街で再会した時も何も求められなかった。Casa側からコミッションを取っているのかもしれないが、誘い方といい、その後の態度といい、あっさりした人物だ。そんな人もいる。
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