ビーチ(写真)をぐるっと回ってから食事をして時間をつぶす。1時間半がたったころ、再びフロントに行くと「まだだ」。いい加減、嫌になってくる。今度はオープンバーに行き、キューバ名物のカクテル「モヒート」を頼む。これまで何度も飲んできたカクテルだ。ミントの葉を少しつぶしてグラスに入れ、キューバの酒Ron(ラム酒)をレモンジュースで割ったもの。しかしあまりいいRonを使っていないし何より薄い。ごくりと飲んでしまったので、同じくキューバを代表する「キューバ・リブレ」を頼む。こっちはRonをCokeで割ったもの。キューバの酒をアメリカの飲み物で割って「キューバの自由」とは皮肉なものだが、革命前に考案されたものだから仕方ない。こっちもごくごく。ついでにダイキリもキューバが発祥の地。
ようやく部屋が用意されたようだ。フロントから玄関へ行き、ゴルフカートの列車のようなものに乗って部屋近くまで案内される。環境に配慮してあるとかで、建物はすべて2階建て以下。その1階の部屋だった。入るとどどーんとキングサイズのベッド。よっしゃと海へ行こうとするが、その時にすでに天気は崩れており、風はびゅーびゅー、少し雨も混じっている。ホテルに着いたときにはまだ人が泳いでいたが、ビーチに行ってみるとだれも浜辺にいない。それだけ寒かった。もっと早くチェックインできれば、泳げたかもしれないのに。
仕方ないから部屋で本を読んだりコーヒーを飲んだりテレビを見たりする。トルコで、ペルーで飛行機事故。そして私が来るときに使ったUS Airwaysも私が経由したCharlotteの空港で落ちていた。おいおい。
ここがキューバであることを完全に忘れる土地、それがVaradero。キューバの庶民が来れない土地、それがVaradero。
青松白砂、確かにビーチは美しい。しかし「世界一か」と言われると疑問が湧く。無条件で賛美できないからだ。それに後で分かるが、もっと美しいビーチがある。
ではくだんの流行作家はなぜ「世界一」と言ったのか。可能性は3つ。
1)この作家は海外旅行をしたことがなく、湘南の海ぐらいしか知らなかった
2)「キューバの伝道師」であるために、何が何でもキューバを賛美したかった
3)この作家は社会主義キューバが大嫌い。その中にかろうじてあった資本主義の権化Varaderoを褒め称えた
1)は考えづらい。3)ができるほど高度だとも思えない。つまりは2)。
ビーチは確かにきれいだ。しかしそれを眺めている自分の背中には、All inclusiveのホテル群がそびえ、キューバであることを拒否したサービスが行われている。日本やアメリカ、ヨーロッパにいるのと何ら変わらない世界、キューバ人を排除した世界がある。
そのホテルが管理する浜辺に立ち、「世界一美しい」と言えるこの作家。相当のアホか相当の腹黒いやつだろう。おそらくファーストクラスでキューバまで来て、ベンツタクシーか何かをハイヤーしてVaraderoまで来て、取り巻きや若い女性なんかを連れている。金に飽かせて旅行することに慣れきった人物だろう。そういう人物にとっては、社会主義という不毛の大地に残された唯一のオアシス、それがVaradero。ここでは日本にいるのと何ら変わらない感覚で生活ができる。それがVaradero。
もっと分かりやすく言おう。お台場の人工海浜に立ち、「世界一美しい」と言っているのと同じか、さらに悪質なのだ。なぜなら彼が「美しい」と思っているのは、海そのものではない。浜そのものではない。たとえ東京湾の油にまみれた海でも、彼ならお台場で同じことを言うだろう。
彼が「世界一美しい」と思う浜には、必ず快適なデラックスホテルがなくてはならず、そこは日本にいるのと同程度の生活水準がなくてはならず、かしずくメイドたちがいなければならず、自分がやりたいことをすべてやれなければならず、物質的に何もかもが満たされていなければならないのだ。
小さな何もない無人島の浜辺で泳ぎ疲れた後、ヤシの木陰のハンモックに揺られながら、「ここって世界一きれいだよな」と思うことは絶対にないのだ。
仮に「海とその背景にあるホテルとは無関係。海はただ単に美しい。だから世界一」と言えたとしても、そうやって周辺の風景を切り取って海だけ美しいと言えるとしたら、さらに感性を疑う。この作家が第二次世界大戦中に生きていたら、「ナチスドイツの隊列は美しい。見事な団結だ」と言うだろうし、アメリカの核兵器を見ても「世界最高だ。素晴らしい性能だ」と言ってしまえるだろう。文脈を無視した風景などありえないし、文脈を無視した事実もありえない。
この作家がホストを務める深夜番組があった。有名人が週代わりで来て彼と対談する。そこで示される「ぼくたちって仲いいんだよね」という押し付けがましい傲岸さが大嫌いだったのだが、態度だけではなく作家としての感性の鋭さ、繊細さ、そしてセンスまでないとなっては、終わってしまっている。
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