次はRaqchi(ラクチ)。ここは良かった。インカ帝国で唯一、wiracocha(ウィラコチャ)神をまつったところで、石組みの上にアドベの壁が残っている。これもスペイン人に破壊されたのではなく、インカの人々が自ら火を放ったそうだ。ウィラコチャはインカにとっての創造神で、彼らがあがめた太陽や月、星、大地などを造った神。それだけに征服者たちに蹂躙されるよりは、自ら破壊することを選んだのだろう。人工の池、そして聖なる地を区切るミニ万里の長城などもあり、これまでのインカの遺跡とはかなり傾向の違う遺跡だ。
昼食後、バスはひたすら南東へ。かなり高度が上がってきたのか、高い木はなくなり、草原が一面に広がる。草をはむリャマやアルパカがときおり見える。周りの山も険しさはなくなり、柔らかみを帯びた様相になってくる。空は限り無く青い。青紫に近いぐらいだ。
出発から5時間半、このルート最高点のLa Raya(ラ・ラヤ)に到着。標高なんと4335m。富士山より500mも高い。呼吸が少し不自由だ。バスを降りると正面に雪をかぶった山が見える。山と草原と川とそしてリャマ・アルパカ。見えるのはそれだけ。「はるか〜草原を〜ひとつかみの雲が〜あてもなく〜さまよい〜と〜ん〜でゆく〜」と、「母をたずねて三千里」のテーマソングが頭の中を流れる。
そういえばマルコはイタリア人だったはず。どうしてスペイン語が話せたのだろうか。
こんな風景は見たことがない。空漠とした景色。何もかもがスローモーションのように見える。空気は涼しく、凛とした冷気。酸素の薄さが何となくはかなさを感じさせる。あの雪をかぶった山はいったいどれぐらい高いのだろうか。いったい何人の旅人がここを通過したのだろうか。どんな悲しみや喜びを抱いて人はここを通ったのだろうか。
そこから少し下っただけのところにまたもや遺跡。Pucara(プカラ)。インカ帝国以前にこのあたりに強大な宗教帝国を作っていたらしい。しかし何を好き好んでこんな肥沃でもない土地に住み、こんな遺跡を残すのか。
夕方、Juliaca(ユリアカ、フリアカ)を通過。かなり大きな街で、3輪車タクシーやキッチュなミニタクシーなどが通りを占領している。この猥雑さが好きなのだが、ガイドは「ここは旅行者にとっては魅力ない街。治安もそれほどよくない」とつれない。だからこそ降りたいのだが。
そして夕闇が迫るころ、プーノに到着。すでにチチカカ湖はあまり見えないが、かなり広いことは分かる。湖を海に見立てれば、ちょうど熱海のような街構え。湖畔から山に向かって街が伸び上がっている。そして通りは狭い。坂道ばかり。
ホテルにチェックインしてびっくり。ベッドがキングサイズ。こんなでかいベッドで寝たことがない。横になっても十分寝られる大きさ。大きすぎて逆に不便だ。そんな贅沢を言いながらまずは高度順応するために休養を十分に取ることにする。
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